牧野忠利(読み)まきの ただとし

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「牧野忠利」の解説

牧野忠利 まきの-ただとし

1734-1755 江戸時代中期の大名
享保(きょうほう)19年9月21日生まれ。常陸(ひたち)(茨城県)笠間(かさま)藩主牧野貞通(さだみち)の8男。兄牧野忠敬(ただたか)の養子となり,寛延元年越後(えちご)(新潟県)長岡藩主牧野家7代。学問,画をこのんだ。宝暦5年7月24日死去。22歳。通称は吉五郎。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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