フランスの静物,風俗画家。パリに生まれ,生涯をパリ,それもセーヌ川周辺で過ごす。カーズP.J.Cazesに師事,その後コアペルの肖像画制作の際の,静物の部分を描く助手をしたらしい。1728年〈サロン・ド・ジュネスSalon de Jeunesse(青年美術展)〉に《エイ》を初めて出品して認められ,アカデミーに入る。その成功にもかかわらず,必ずしも生活は容易でなかったため,フォンテンブロー宮殿のグランド・ギャルリーの修復作業などに従事するかたわら静物画を制作した。寓意的な静物画や,台所のつり下げられたウサギや魚,銅器,食器類を主題とする静物画を,オランダ絵画風の写実性とフランス的な色彩の調和とで描く。33年ころより,風俗画に転じ,セーヌ左岸の生活を主題に,食卓の情景,台所で働く人,カード遊びやシャボン玉に興ずる少年,羽根つきを持つ少女などによって,庶民の日常性に永遠の詩情を与える。31年よりサロン(官展)に出品し,40年出品の,ルイ15世に献呈された《食前の祈り》が名高い。これらの人物画では,〈テニールス風の趣味〉,すなわちオランダ風の写実性とロココ的な情調が溶けあい,とりわけ,やや斜めから見た明るい横顔と,やはり比較的明るい単色の背景から浮き出す光の効果が魅惑的である。筆触はむしろ粗く,とくに晩年になるほど(最晩年にはより描きやすいパステルをもっぱらとしている),この手法が顕著になり,人物や静物といった主題の点でも,印象主義を先取りするような手法の点でも,19世紀絵画の先駆をなしていると考えられる。サロンでの名声によって,展覧会の陳列委員,財務委員の要職にもつき,作品の注文は予約されるほど多かったが,彼はある程度以上の金額では売ろうとしなかった。57年末にはルーブル宮殿内に住居を与えられて,2度目の妻とここで簡素な生活を送ったが,最晩年は職を解かれ,自由な市井人として画作に専念した。
執筆者:中山 公男
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フランスの画家。生涯をパリに過ごす。ピエール・ジャック・カーズPierre-Jacques Cazes(1676―1754)およびノエル・ニコラ・コワペルNoël-Nicolas Coypel(1690―1734)に師事し、1728年、ラルジリエールらの推挙を得て王立アカデミー会員として認められ、『赤えい』(ルーブル美術館)を提出する。静物画を主として描き、その迫真的な筆力、強い構図、静かな雰囲気で評価を得たが、公の仕事は、フォンテンブロー宮の修復など、さほど「満足できるものではなかった」ため、オランダ風の風俗画、人物画に転じ、とくに風俗画では、フランス的な典雅さと静かな構成で評価を得た。1740年、ルイ15世に謁見を許されて献じた『食前の祈り』(ルーブル美術館)はその代表作。1770年ごろまで彼の名声は高く、生活は安定していたが、最晩年は不遇であり、また視力の弱化によってパステル画に転じている。ディドロたちによって称揚された彼の静物画と風俗画は、19世紀の絵画(たとえばセザンヌなど)に先駆する近代性とロココの魅惑のみごとな合一であるといえよう。
[中山公男]
「テイヤール・ド・シャルダン」のページをご覧ください。
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…当時の静物画はきわめて写実的な外観にもかかわらず,上述の〈ウァニタス〉のほか,〈五感〉〈四大〉などの象徴的意味を担っているものも少なくない。18世紀にはフランスにシャルダンが登場し,華美や豪奢とは無縁のなんの変哲もない日常の事物を親密な目で描いて,より普遍的な近代的静物画への道を開いた。しかし,18世紀までの伝統的な古典主義的芸術観においては静物画は最下位におかれ,これに携わる画家の地位も一般に低かった。…
…ワトー,ランクレ,ブーシェは貴族の園遊会,あいびき,貴婦人と朝の化粧などをテーマに,上流階級の風俗のよき記録者となった。他方,シャルダンは《市場帰り》(1739)などで,ロココの貴族的な風俗画に背を向け,中産階級の地味な生活感情を謳歌した。スペインではゴヤが,1770~80年代に王立タピスリー工場のために精力的に下絵(カルトン)を制作したが,《瀬戸物売り》《凧上げ》《洗濯女たち》など,主として民衆の生活や娯楽に題材を求めた。…
※「シャルダン」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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