コトバンクはYahoo!辞書と技術提携しています。

犬目宿兵助 いぬめじゅく へいすけ

2件 の用語解説(犬目宿兵助の意味・用語解説を検索)

デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

犬目宿兵助 いぬめじゅく-へいすけ

1797-1867 江戸時代後期の一揆(いっき)指導者。
寛政9年生まれ。甲州街道犬目宿(山梨県上野原町)の農民。天保(てんぽう)7年(1836)におきた甲州一揆下和田村次左衛門とともに指導する。事件後出奔し各地を流浪のすえ,上総(かずさ)(千葉県)木更津(きさらづ)にかくれ,のち帰郷した。慶応3年2月23日死去。71歳。姓は水越(みずこし)。名は「ひょうすけ」ともよむ。

出典|講談社 この辞書の凡例を見る
(C)Kodansha 2015.
書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

犬目宿兵助
いぬめじゅくひょうすけ
(1797―1867)

江戸後期の義民。甲斐(かい)国(山梨県)都留(つる)郡の扇山(おうぎやま)の山腹にかかる甲州街道犬目宿の農民、水越(みずこし)姓水田屋市郎右衛門(みずたやいちろうえもん)の子。「甲州一揆(いっき)」の指導層の一人で、読み・書き・算術に長じ、下和田(しもわだ)村治左衛門(じざえもん)とともに、農民層の組織化、商人資本との交渉にあたる。1836年(天保7)8月22日、同国山梨郡熊野堂(くまのどう)村の小川奥右衛門方打毀(うちこわし)ののち出奔。武蔵(むさし)、上野(こうずけ)を経て北陸に出て、丹後(たんご)から瀬戸内の中国、四国、そして、畿内(きない)の各国を巡り、上総(かずさ)(千葉県)の木更津(きさらづ)に移り住んだ。40年代の末ころ帰郷、慶応(けいおう)3年2月23日死、71歳。宿内の宝勝寺に葬られる。法名「泰山瑞峰居士」。犬目宿の「本陣」岡部家は遠戚(えんせき)にあたり、兵助の「書置き」、「日記」、蔵書、財布などの遺筆、遺品を残す。[小林利久]

出典|小学館 日本大百科全書(ニッポニカ) この辞書の凡例を見る
(C)Shogakukan Inc.
それぞれの解説は執筆時点のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

犬目宿兵助の関連キーワード稲村三羽大野乙雨黄瀬平治車大清谷谷衛弥長隠(1)三木隆盛村越其栄山口吉郎兵衛(初代)

今日のキーワード

トランスアジア航空

台湾・台北市に本拠を置く航空会社。中国語名は復興航空。1951年、台湾初の民間航空会社として設立。83年に台湾の国産実業グループに経営移管され、組織改編を実施した。92年に国際チャーター便の運航を始め...

続きを読む

コトバンク for iPhone