狩留家村(読み)かるがむら

日本歴史地名大系 「狩留家村」の解説

狩留家村
かるがむら

[現在地名]安佐北区高陽(こうよう)町狩留家

白木(しらき)山塊鬼(おに)ヶ城(じよう)山(七三七・三メートル)の南に位置し、東を高鉢(たかはち)山(七〇五・八メートル)、南を長者(ちようじや)山、西を中(なか)山が囲み、谷底に集落と耕地が分布する。三篠(みささ)川が村を東北から南西へ貫流し、高宮(たかみや)郡の東端にあたり、その上流が高田郡三田(みた)村、下流が上深川(かみふかわ)村である。村の中心部の字町(まち)から東南に進み、湯坂(ゆざか)を通って峠を越えれば賀茂郡別府(べふ)村(現東広島市)に至る。

保延五年(一一三九)六月日付の藤原成孝同範俊連署寄進状(浅野忠允氏旧蔵厳島文書)に記された厳島神社領「高田郡内三田・風早両郷」の四至のうちに「南限加留賀安北郡堺」とあり、当時安北(あんぽく)郡(のちの高宮郡)に属し、高田郡三田郷と境を接していた。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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