獅子鼻城跡(読み)ししばなじようあと

日本歴史地名大系 「獅子鼻城跡」の解説

獅子鼻城跡
ししばなじようあと

[現在地名]小松町大頭 山崎

大頭おおとの南西部、国道一一号の山手の小高い獅子ししはな(猪鼻)山にある。獅鼻ししばな(山)城とも異記され、獅子飛とも異称された。「伊予国周布郡地誌」には「城跡三壇第一壇東西二拾間、南北八間(中略)第三壇東西八間、南北七間、礎石等猶存ス」と明治初期の状況を記す。

予陽河野家譜」によると、

<資料は省略されています>

とあり、文明一一年(一四七九)細川義春の侵入時に獅子鼻城に宇野通平がいた。元亀三年(一五七二)には宇野民部少輔家綱・同弟隼人正為綱らが、三好氏に味方した石川氏の高尾たかお(現西条市)を攻略したという。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

[名](スル)一定の主義・主張がなく、安易に他の説に賛成すること。「多数派に付和雷同する」[補説]「不和雷同」と書くのは誤り。[類語]矮人わいじんの観場かんじょう・同意・賛同・支持・賛成・雷同・便乗・...

付和雷同の用語解説を読む