趙忠、
を喪(うしな)ふ
り。安
に歸
す。僭して
(よはん)(美玉)玉匣、偶人を爲(つく)る。穆~
を發(あば)き棺を剖(さ)き、尸(し)を陳(つら)ねて之れを出だす。
出典 平凡社「普及版 字通」普及版 字通について 情報
…文献によると,玉衣の前身である鱗施(りんし)というものは戦国時代末期にあったが,漢代になると,玉衣を用いれば遺体を保存することができるという迷信が生まれ,それ以降使われるようになった。玉匣(ぎよくこう),玉柙(ぎよくこう)ともいわれた。前漢時代には,まだ身分による差が確定していないようで,金縷玉衣が皇帝だけでなく,諸侯王でも使用していたことは中山靖王の例でわかる。…
※「玉匣」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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