後期水戸学の大成者会沢正志斎の主著。1825年(文政8)成稿。幕末における内外の危機,とくに対外的危機を克服するために書かれたが,西洋の脅威は直接的な軍事的侵略ではなくて,キリスト教の浸透や通商に伴う民心の動揺,離反に焦点をおいてとらえられるため,西洋諸国は卑しむべき夷狄(いてき)であり,接近してくれば打ち払うべきだと強調される。それどころか,意図的に攘夷を鼓吹することによって,民心を結集することすらがねらわれている。この攘夷打払いと関連して,内政の整備や軍備の充実が説かれるが,長期的には,一系の天皇をいただき忠孝を基本とした日本固有の国家秩序(〈国体〉)を確立する必要があるとされる。著者の意図は内外の危機に抗して幕藩体制の基本秩序を防衛することにあり,国体論もそのためのものであったが,尊王攘夷派を中心として幕末の志士に広く読まれ,著者の意図を超えた効果をもたらしただけでなく,国体思想の点で明治以後にも重要な影響を与えた。
執筆者:植手 通有
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水戸藩幕末の思想家会沢正志斎(あいざわせいしさい)の代表的著作。水戸学の経典としても重要視される。1824年(文政7)イギリス人の水戸領大津浜上陸事件で筆談役を勤めた体験からの危機意識を直接の契機として、翌年、藩主斉修(なりのぶ)へ上呈の目的をもって述作され、その師藤田幽谷(ゆうこく)を経て提出された。しかし幕府の政治向きにかかわるため、公刊された1857年(安政4)までの30余年間、筆写されて全国に伝播(でんぱ)した。本書は上下2巻に分かれ、国体(上・中・下)、形勢、虜情(りょじょう)、守禦(しゅぎょ)、長計の5論7篇(へん)よりなる。国体で忠孝尚武、民を重んじた日本伝統の精神を述べ、形勢で世界の大勢を論じ、虜情で欧米諸国がわが国をうかがう実情を説き、守禦で富国強兵を語り、長計で庶民教化の大本(おおもと)に至り、国教としての神道(しんとう)を力説した。全篇を貫く尊王攘夷(じょうい)の主張は幕末期青年志士に甚大な影響を与え、明治維新運動の思想的背景となったが、倒幕・王政復古への展望をもつものでなく、あくまで幕府政治を肯定し、徳川の天下を支える意義を果たした。
[山口宗之]
『瀬谷義彦他校注『新論』(『日本思想大系53 水戸学』所収・1973・岩波書店)』
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後期水戸学の代表的な国家論。著者は水戸藩士の会沢正志斎(せいしさい)。1825年(文政8)成立。国体(上・中・下)・形勢・虜情・守禦・長計の7編。国体神学にもとづいて富国強兵論と民心統合策を体系的に記す。同年の幕府による異国船打払令の公布を,弛緩・動揺した幕藩体制を建て直す好機と考え,尊王攘夷思想による危機打解策を提示した。なかでも民衆の宗教意識を天皇を祭主とする国家的祭祀にとりこみ,民心を国家の側に牽引しようとするイデオロギーは,近代天皇制思想の原形をなすものである。「岩波文庫」「日本思想大系」所収。
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…しばしば政治について意見を具申したが用いられず,当時流行の讖緯(しんい)説を否定したことから,帝の怒りをかって地方官に左遷され,赴任の途中病死した。著書に時局を論じた《新論》29編があったが,原本は失われて輯本(しゆうほん)があるだけである。【永田 英正】。…
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出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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