玉川上水羽村堰下陣屋跡(読み)たまがわじようすいはむらぜきしもじんやあと

日本歴史地名大系 「玉川上水羽村堰下陣屋跡」の解説

玉川上水羽村堰下陣屋跡
たまがわじようすいはむらぜきしもじんやあと

[現在地名]羽村市羽東三丁目

玉川上水羽村堰の修理などに携わった水番人の役所。水番小屋ともいう(武蔵名勝図会)。現在、下陣屋指田家の屋敷はほとんど玉水(たまみず)保育園敷地となっているが、奥多摩街道に沿って立つ下陣屋の門が往時をしのばせる。水番人の最も重要な業務は、多摩川から常に適量の水を上水へ流入させることにあった。日々、堰周辺を巡検し、破損の有無を点検、水門で水量を測り、その増減に応じて投渡木や差蓋の調節を行い、筵・簀などによる漏水防止の処置を構じたが、とくに出水時には多忙を極めたという。日常業務と併行して修復工事の請負にも携わり、開削当初は定請負人である江戸の町名主・町人の下請負的存在にすぎなかったが、しだいに経済的蓄積を備えつつ上水元の普請をすべて掌中に収めるようになった。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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