玉野・うねの野(読み)たまの・うねのの

日本歴史地名大系 「玉野・うねの野」の解説

玉野・うねの野
たまの・うねのの

大江おおえを含む一帯に比定される文芸地名。玉野の別称と思われるうねの野は「八雲御抄」にみえる歌名所。玉野の浦は「輿地志略」に「野路の玉川より此辺までの中間をいふ」とあるように、現草津市の十禅寺じゆうぜんじ(旧野路の玉川)の河口付近から大江にかけての浜辺をいい、昔は玉の浦ともいっていた。「うばたまの夜は明けぬらし玉の浦にあさりするたづ鳴きわたるなり」(夫木抄)。玉野の原を詠んだものに同じく「夫木抄」に「久寿二年大嘗会悠紀方御屏風、近江国」として「霰ふる玉野の原に御狩して天の日つぎのにへたてまつる」(前参議俊憲卿)、また「春深み玉野の原の放れ駒やよひの草にまかせてぞ見る」(江帥集)などがある。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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