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瀬田 せた

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

瀬田
せた

滋賀県大津市南部にある地区。旧町名。 1967年大津市に編入。古代近江国府がおかれた地で,東海道瀬田唐橋」の東側の橋畔集落として発達。古くから交通の要地で,新幹線,国道1号線,名神高速道路などが通る橋がある。電機レーヨンなどの工場も立地。 1970年国鉄瀬田駅開設以後,宅地化も進んでいる。近江八景の「瀬 (勢) 田夕照」で知られ,琵琶湖国定公園を代表する景勝地の1つ。

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デジタル大辞泉の解説

せた【瀬田】

(古くは「勢田」とも)滋賀県大津市の地名。琵琶湖南端の、瀬田川への流出口にある。近江八景の一つ「瀬田の夕照(せきしょう)」で知られる。

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百科事典マイペディアの解説

瀬田【せた】

勢多(せた)

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大辞林 第三版の解説

せた【瀬田】

滋賀県大津市内の地名。琵琶湖南端、瀬田川の流出口東岸にある。瀬田の唐橋からはしで西岸と連絡。近江八景の一、瀬田の夕照せきしようで知られる。

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日本の地名がわかる事典の解説

〔滋賀県〕瀬田(せた)


滋賀県大津(おおつ)市南部の地区。琵琶(びわ)湖から流出する瀬田川東岸に位置する。古代から水陸交通の要衝として知られ、瀬田唐橋(せたのからはし)は『日本書紀』など多くの史書に登場し、詩歌にも詠まれた。「瀬田の夕照(せきしょう)」は近江(おうみ)八景の一つ。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

瀬田
せた

滋賀県南部、大津市の一地区。旧栗太(くりた)郡瀬田町。古くは勢多、勢田とも書いた。瀬田川東岸の渡津集落で、東国から京都へ入る重要な交通の要衝であった。現在も北からJR東海道本線(琵琶(びわ)湖線)、国道1号、旧東海道、東海道・山陽新幹線、名神高速道路、京滋バイパスが走る。古来、近江(おうみ)八景の一つ「瀬田の夕照(せきしょう)」で知られる瀬田唐橋(からはし)は旧東海道に架かる橋で、『日本書紀』天武(てんむ)天皇1年(672)7月の壬申(じんしん)の乱の条に記され、『枕草子(まくらのそうし)』に「橋は瀬田橋」とある。現在の橋は1979年(昭和54)に付け替えられたもので、擬宝珠(ぎぼし)などに旧態をとどめる。南東詰に田原藤太秀郷(たわらとうたひでさと)を祀(まつ)る橋守神社がある。このほか近江一宮(いちのみや)の建部(たけべ)大社や、背後の丘陵地に近江国庁跡(国の史跡)がある。また丘陵地には県立近代美術館、滋賀医科大学、龍谷大学瀬田キャンパスなどの学術文化ゾーンが展開されている。[高橋誠一]

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世界大百科事典内の瀬田の言及

【大津[市]】より

…1898年市制。1932年滋賀村,33年膳所(ぜぜ)町,石山町,51年坂本村,下阪本村,雄琴(おごと)村,下田上村,大石村,67年堅田町,瀬田町を編入。人口27万6332(1995)。…

【勢多】より

…現在の大津市瀬田付近をさし,《和名抄》に栗本(くるもと)郡勢多郷がある。古く《日本書紀》は天武1年(672)7月22日,壬申の乱での瀬田の戦いを記し,瀬田橋もすでにあった。…

【瀬田川】より

…琵琶湖から流出する唯一の河川で,南郷洗堰(なんごうあらいぜき)の下流で大戸(だいと)川を合わせ,次いで米がし,鹿飛(ししとび)の奇勝地から峡谷をつくって南西方向に流れて宇治川となる。東岸の大津市瀬田地区は古来交通の要所として知られ,著名な合戦場でもあった。瀬田から対岸の石山へは東海道本線,新幹線,国道1号線,名神高速道路,旧東海道(瀬田唐橋)の五つの橋がかかって新旧の対照をみせ,河岸には繊維,電器などの工場が集中する。…

※「瀬田」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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