滋賀県南部、大津市の一地区。旧栗太(くりた)郡瀬田町。古くは勢多、勢田とも書いた。瀬田川東岸の渡津集落で、東国から京都へ入る重要な交通の要衝であった。現在も北からJR東海道本線(琵琶(びわ)湖線)、国道1号、旧東海道、東海道・山陽新幹線、名神高速道路、京滋バイパスが走る。古来、近江八景(おうみはっけい)の一つ「瀬田の夕照(せきしょう)」で知られる瀬田唐橋(せたのからはし)は旧東海道に架かる橋で、『日本書紀』天武(てんむ)天皇1年(672)7月の壬申(じんしん)の乱の条に記され、『枕草子(まくらのそうし)』に「橋は瀬田橋」とある。現在の橋は1979年(昭和54)に付け替えられたもので、擬宝珠(ぎぼし)などに旧態をとどめる。南東詰に田原藤太秀郷(たわらとうたひでさと)を祀(まつ)る橋守神社がある。このほか近江一宮(いちのみや)の建部(たけべ)大社や、背後の丘陵地に近江国庁跡(国の史跡)がある。また丘陵地には県立近代美術館、滋賀医科大学、龍谷大学瀬田キャンパスなどの学術文化ゾーンが展開されている。
[高橋誠一]
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…1898年市制。1932年滋賀村,33年膳所(ぜぜ)町,石山町,51年坂本村,下阪本村,雄琴(おごと)村,下田上村,大石村,67年堅田町,瀬田町を編入。人口27万6332(1995)。…
…現在の大津市瀬田付近をさし,《和名抄》に栗本(くるもと)郡勢多郷がある。古く《日本書紀》は天武1年(672)7月22日,壬申の乱での瀬田の戦いを記し,瀬田橋もすでにあった。…
…琵琶湖から流出する唯一の河川で,南郷洗堰(なんごうあらいぜき)の下流で大戸(だいと)川を合わせ,次いで米がし,鹿飛(ししとび)の奇勝地から峡谷をつくって南西方向に流れて宇治川となる。東岸の大津市瀬田地区は古来交通の要所として知られ,著名な合戦場でもあった。瀬田から対岸の石山へは東海道本線,新幹線,国道1号線,名神高速道路,旧東海道(瀬田唐橋)の五つの橋がかかって新旧の対照をみせ,河岸には繊維,電器などの工場が集中する。…
※「瀬田」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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