王佐山城跡(読み)おうさやまじようあと

日本歴史地名大系 「王佐山城跡」の解説

王佐山城跡
おうさやまじようあと

[現在地名]高松市三谷町・池田町

三谷氏の主城。三谷(みたに)・池田(いけだ)・西植田(にしうえた)の三町にまたがる上佐(うわさ)山(二五五・七メートル)の山上にあり上佐山城とも称する。四方峻険で自然の要害をなす。山頂の平坦部に本丸があり、本丸の北西と北東の二つの尾根上に出丸があり、北方高松平野に向けて大手を構える。正面に由良山(ゆらやま)城、南に神内(じんない)城・戸田(とだ)城を望む。三谷氏は植田氏の一族で、神内・十河両氏とともに植田の三家と称せられ、山田郡植田郷に居住した。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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