日本大百科全書(ニッポニカ) 「うわさ」の意味・わかりやすい解説
うわさ
うわさ / 噂
風評・風聞・風説、世評、浮説、巷談・巷説・世間話、虚言・空言、飛語・蜚語(ひご)、流言・流説、陰口、デマ、ゴシップ、スキャンダルなど、うわさの類語は実に多彩であり、それぞれに微妙な差異とニュアンスがある。このことは、うわさという社会的現象の入り組んだ複雑さと奥深さを如実に物語っている。まさしくJ・N・カプフェレJean-Noel Kapfererのいうように、うわさは「知の大密林(マト・グロッソ)」である。したがって、こうした一連の類語を概念的に厳格に区切る試みは生産的でないであろう。次に述べるうわさの説明も、かならずしもうわさのみに固有の限定的な特質や条件ではなく、それらの特質や条件を総体的にとらえるときに、うわさの概念像がそれなりに浮き上がってくるというべきであろう。
(1)うわさは一般に、現代社会の有力な情報源であるマスコミが機能停止もしくは機能不全に陥り情報の真空状態になるときにもっとも生起しやすい。
(2)しかしながら今日のマスコミ時代では、マスコミがうわさをゴシップ化して拡散・増幅する触媒となることが少なくない。
(3)うわさは人から人へと「口コミ」によって連鎖的に広がっていく。
(4)人々がうわさを漏れ聞くとか立ち聞くときに、その流布に弾みがつくといわれている。
(5)人々の間に広がるためには、うわさの内容が関与者の好奇心をそそる共通の関心事でなければならない。
(6)口コミによる伝達過程において、うわさはしばしば変形されたり、ゆがめられたりする。
(7)人々はうわさの真偽を確かめられず、半信半疑の気持ちを抱きながらうわさを言いふらす。
(8)とても信じられないうわさであると否定しようとすればするほど、かえってうわさに影響されてしまう「否定のブーメラン効果」の仮説がある。
(9)うわさはしばしば自己増殖し、主題に尾鰭(おひれ)をつけて言いふらされていくとともに、そのうわさを否定したり抑制する「対抗うわさ」を自生的に誘発し、両者の競合、葛藤(かっとう)の動態的過程を経由しながら、その周期を全うする。しかし、うわさの周期的一巡といっても、フランスの社会学者E・モランが述べているように、「地底の無意識の深部から浮かび上がってきて、うわさはふたたび地底へと戻っていった」にすぎず、人々の集合的無意識はうわさの発酵素として生き続け、孵化(ふか)条件が整えば、いつでも噴き出そうとする。かくして、うわさへの渇(かわ)きは絶えることなく伏流する。
(10)権力者が体制批判者や社会的異分子を敵視し排除することを意図して仕組むデマに限りなく接近する、上からのうわさが存在する。それとは逆に、社会的政治的に疎外されたマイノリティや弱者が権力者・政治エリート・社会的優越者に抵抗・反発するために、戦略的に植えつける政治的批判性をはらむ下からのうわさもあるので、うわさを根も葉もない虚報・誤報であると頭から一方的に決めつけてはならないであろう。
(11)昔から「人のうわさも七十五日」といわれるように、うわさの生命は比較的短い。
[岡田直之]
『E・モラン著、杉山光信訳『オルレアンのうわさ』第2版(1980・みすず書房)』▽『小関三平著『うわさの人間学――風俗への複眼』(1980・日本ブリタニカ)』▽『R・L・ロスノウ、G・A・ファイン著、南博訳『うわさの心理学――流言からゴシップまで』(1982・岩波書店)』▽『廣井脩著『うわさと誤報の社会心理』(1988・NHKブックス)』▽『ジャン=ノエル・カプフェレ著、古田幸男訳『うわさ――もっとも古いメディア』増補版(1993・法政大学出版局)』▽『松山巖著『うわさの遠近法』(1993・青土社)』▽『富田隆・清田予紀著『噂の心理学』(1993・学習研究社)』▽『佐藤健二著『流言蜚語――うわさを読みとく作法』(1995・有信堂高文社)』