生塚村(読み)うぶつかむら

日本歴史地名大系 「生塚村」の解説

生塚村
うぶつかむら

[現在地名]上田市常磐城ときわぎ四丁目

上田城の北西にあたる。矢出沢やでさわ川の北側、北国脇往還に沿っている。東は西脇にしわき村、西は秋和あきわ村、南は諏訪部すわべ村と境をなす。北は条里的遺構を残す水田地帯が太郎たろう山麓まで広がっている。

この辺りも古代は「和名抄」記載の小県ちいさがた須波すわ郷に含まれていたとされる。中世には、永正三年(一五〇六)の諏訪社下社の下諏方春宮一御柱造宮之次第によると、隣村西脇村や諏訪部の落合おちあいなどが常田ときだ庄に含まれていたものとされることから、生塚も常田庄に含まれていたと推定される。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

菊の節供,九月節供,重九 (ちょうく) ともいう。五節供の一つ。旧暦9月9日の節供で,奈良時代より,宮中では天皇が紫宸殿に出御し,群臣に宴を賜わり詩歌文章をつくらせる菊花の宴が行われ,年中行事となった...

重陽の用語解説を読む