田中佐一郎(読み)タナカ サイチロウ

20世紀日本人名事典 「田中佐一郎」の解説

田中 佐一郎
タナカ サイチロウ

昭和期の洋画家



生年
明治33(1900)年10月24日

没年
昭和42(1967)年2月9日

出生地
京都市

学歴〔年〕
京都市立絵画専門学校予科〔大正14年〕卒

主な受賞名〔年〕
紺綬褒章〔昭和36年〕

経歴
14歳の頃から国井応陽、阿部春峰に日本画を学ぶ。大正14年上京し、川端画学校石膏部に籍をおき、そのかたわら安井曽太郎に師事して洋画転向。15年の帝展に初入選し、昭和3年一九三〇年協会研究所に移り、同展に出品、また二科展に出品した。5年独立美術協会結成に参加し、その第1回展に「裸婦三像」ほか2点を出品し独立賞を受ける。7年から8年にかけてフランスに留学。9年独立美術協会会員。13年には従軍画家として中国フィリピンビルマなどに赴いた。他の作品に「黄衣少女」「親鸞」など。

出典 日外アソシエーツ「20世紀日本人名事典」(2004年刊)20世紀日本人名事典について 情報

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「田中佐一郎」の解説

田中佐一郎 たなか-さいちろう

1900-1967 昭和時代の洋画家。
明治33年10月24日生まれ。入江波光(はこう)に日本画を,安井曾太郎に洋画をまなぶ。大正15年帝展に初入選。昭和6年独立美術協会第1回展に「裸婦三像」などで独立賞。9年同協会会員。戦時中は中国,ビルマなどをおとずれ,戦争記録画を制作した。昭和42年2月9日死去。66歳。京都出身。京都市立絵画専門学校(現京都市立芸大)卒。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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