田刈屋村(読み)たかりやむら

日本歴史地名大系 「田刈屋村」の解説

田刈屋村
たかりやむら

[現在地名]富山市田刈屋

牛(うし)ヶ首(くび)用水の東に位置し、東は駒見(こまみ)村。田苅屋とも記す。富山城下と四方(よかた)・西岩瀬(にしいわせ)両町を結ぶ街道沿いにあり、両側に町並をなしていた。村名は、往古田畑を開墾しても家を構えるものもなく、おのおの作物を一時納めておく刈屋を設けたことに由来するという(婦負郡志)。当地は天正期(一五七三―九二)以後に開墾されたといわれる(神通川誌)。婦負郡に属し、元禄一一年(一六九八)の富山藩領郷村高辻帳では、駒見村の枝村新田として西に二町離れて位置し、高一三九石余。寛政二年(一七九〇)の高物成品々手鏡では古高一四六石余・定免五ツ四歩六厘、新田八石余(平均免二ツ九歩)、銀納畑三千歩、小物成銀三匁。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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