駒見村(読み)こまみむら

日本歴史地名大系 「駒見村」の解説

駒見村
こまみむら

[現在地名]富山市駒見

神通川左岸、牛(うし)ヶ首(くび)用水の東に位置し、北は石坂(いしさか)村、西は田刈屋(たかりや)村。マミとも称された。富山城下と湊をもつ四方(よかた)町や西岩瀬(にしいわせ)町を結ぶ街道(西岩瀬往来)沿いにあり、両側に町並をなしていた。村名は中世の万見(まみ)保に由来する。小万見などとも記された。天正一一年(一五八三)八月二〇日の知行方目録(水越家文書)に「婦負郡小万見」とみえ、佐々成政は同地の三六〇俵など都合一万俵を槻尾甚助に与えている。寛永一六年(一六三九)以降富山藩領。当村には天文(一五三二―五五)から慶長(一五九六―一六一五)の頃の庄官百姓内山次郎右衛門・岩田加平治がおり(「越中古跡并庄官百姓等之記」前田家文書)、寛永一〇年の牛ヶ首用水管理約定書(牛ヶ首用水土地改良区蔵)には肝煎次郎右衛門の名がみえ、古くから開墾の進んだ地域であった。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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