田子倉村(読み)たごくらむら

日本歴史地名大系 「田子倉村」の解説

田子倉村
たごくらむら

[現在地名]只見町田子倉

石伏いしぶし村の西、只見川の左岸に位置する。西は六十里ろくじゆうり(朝草峠)で越後国魚沼うおぬま郡堀内組大白川おおしらかわ新田(現新潟県入広瀬村)に通じている。また同新田に至る左越鼻さごえばなもあった。文禄三年(一五九四)の蒲生領高目録に「田子倉 廿五石五斗三升」とある。慶長二年(一五九七)の藤三郎倉入在々高物成帳(福島県史)には「田子蔵」とあり、同高で免三ツ八分。黒谷組に属した。天保八年(一八三七)の書上帳(福島県史)によると高八一石余。物産として蚕絹糸(代金四〇両くらい)のほか晒布・狗背・真綿を産し、六十里越での駄賃稼も行っていた。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

福岡県福岡市博多区の櫛田神社の夏祭り。壮麗な山笠で知られる。今日,山笠には飾り山笠と舁き山笠(かきやまがさ)の 2種類がある。明治時代に電線が架設されて以降,物語場面の人形などを飾りつけた高さ 15m...

博多祇園山笠の用語解説を読む