田尾城跡(読み)たおじようあと

日本歴史地名大系 「田尾城跡」の解説

田尾城跡
たおじようあと

[現在地名]山城町岩戸

伊予いよ川右岸、標高四六二メートルの山頂に築かれた山城。伊予川からの比高は約三三〇メートル。東と北は伊予川、西は黒川谷くろかわだに川に面し、周囲は急傾斜になっている。多尾城ともみえる(城跡記)。南北朝時代に小笠原頼清が居城したと伝えるが(徳島県史)、不詳。戦国時代には白地はくち(現池田町)城主大西氏の一族大西右京進頼信が拠っていたという(城跡記・阿波志)土佐の長宗我部元親は、天正五年(一五七七)に大西上野介に手引きさせて白地大西覚養を攻め(元親記)、このとき当城も落城したとされる(城跡記)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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