田村 沖之甫
タムラ オキノスケ
明治・大正期の陸軍中将
- 生年
- 慶応2年(1866年)
- 没年
- 大正8(1919)年4月12日
- 出生地
- 甲斐国(山梨県)
- 学歴〔年〕
- 陸士〔明治20年〕卒,陸大卒
- 経歴
- 明治21年陸軍砲兵少尉に任官。のち陸軍大学校を卒業し、軍事研究のためドイツに派遣され帰国後、39年母校・陸軍大学校教官となる。43年ドイツ公使館付武官として再び渡独、のち陸軍省事務局砲兵課長、参謀本部第4部長、野砲兵第1旅団長、陸軍砲工学校校長などを歴任。日露戦争には第4軍参謀長として従軍。大正7年中将となる。
出典 日外アソシエーツ「20世紀日本人名事典」(2004年刊)20世紀日本人名事典について 情報
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田村沖之甫 たむら-おきのすけ
1866-1919 明治-大正時代の軍人。
慶応2年生まれ。田村怡与造(いよぞう)の弟。ドイツ公使館付武官,陸軍省軍務局砲兵課長,野砲兵第一旅団長,陸軍砲工学校長などをつとめる。大正7年陸軍中将。大正8年4月12日死去。54歳。甲斐(かい)(山梨県)出身。陸軍大学校卒。
出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例
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