田浜村(読み)たのはまむら

日本歴史地名大系 「田浜村」の解説

田浜村
たのはまむら

[現在地名]上県町志多留したる 田の浜

志多留村の西に位置する同村枝里。伊奈いな崎の外面ほかめにある荒浜ながら、内陸田地が開けている。元亀四年(一五七三)「たの浦ニ一所」「わけのさへの口ニ一所」「伊奈さとへ田二升おろし」などが原田慶印に安堵されたが(同年四月一二日「宗調国書下」伊奈郡判物写)、この浦は当地の可能性がある。「津島紀略」は多乃波麻と訓じ、南西の伊奈崎に候瞭が置かれていたという。伊奈崎原は江戸時代に三〇余町の田地が広がり、うち深田ふかたとよばれる湿田が開かれたのは寛文(一六六一―七三)初年で、対馬藩領の肥前田代たしろ(現佐賀県鳥栖市)の百姓伝左衛門ほか八家族が藩命で移住して一邑をなし、志多留村の枝里とされた(津島紀事・新対馬島誌)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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