甲ッ原遺跡(読み)かぶつつぱらいせき

日本歴史地名大系 「甲ッ原遺跡」の解説

甲ッ原遺跡
かぶつつぱらいせき

[現在地名]大泉村西井出 大林・和田

八ヶ岳南麓に北から南にかけて傾斜する尾根が何本も発達し、当遺跡も油(あぶら)川と甲(かぶと)川とに挟まれた標高七七八―八一〇メートルを測る尾根上に位置する。尾根の傾斜は緩やかで、畑地として耕作されている以外、大部分は山林である。古くから耕作中に縄文土器が出土し、大規模な遺跡として知られていた。分布調査でも縄文時代中期を中心に早期押型文土器や前期・後期前半の土器をはじめとして、弥生時代から平安時代の土器まで採取されており、幅三〇〇メートル、長さ一キロに及ぶ大泉村屈指の遺跡と考えられてきた。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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