甲生浦(読み)こうしよううら

日本歴史地名大系 「甲生浦」の解説

甲生浦
こうしよううら

[現在地名]丸亀市本島町甲生(ほんじまちようこうしよう)

本島の東部に位置する。東端に円墳のある亀(かめ)山があり、西は泊(とまり)浦の宮(みや)ノ浜(はま)、北は笠島(かさしま)浦、南および東は海に面し、東は与(よ)島(現坂出市)。島中船方領の一浦で、宝永年間(一七〇四―一一)の集落規模は長さ一二五間・幅二九間と東西に細長い(塩飽島諸事覚)。地名は亀山に由来するという。「家久君上京日記」の天正三年(一五七五)四月四日の記事に「しはくの内、かうといへる浦」とみえる。

天正一八年の当浦斗代による算定検地高は四〇石余、うち田一一石余・畑二九石余、慶長一一年(一六〇六)の検地高四六石余(同年田畑打出し所次第「島中集旧記書」塩飽勤番所顕彰保存会蔵)。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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