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留守政景 るす まさかげ

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

留守政景 るす-まさかげ

1549-1607 織豊-江戸時代前期の武将。
天文(てんぶん)18年生まれ。伊達晴宗の3男。永禄(えいろく)10年留守家をつぎ,陸奥(むつ)宮城郡高森城主。生家伊達家の勢力拡大に協力し,のち一門となる。慶長5年甥(おい)伊達政宗の名代として最上(もがみ)氏の救援にむかい,功があった。慶長12年2月3日死去。59歳。号は雪斎。

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書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

朝日日本歴史人物事典の解説

留守政景

没年:慶長12.2.3(1607.2.28)
生年:天文18(1549)
戦国末期の武将。伊達晴宗の3男。永禄10(1567)年宮城郡領主留守家に入嗣。留守領内の反伊達派勢力を一掃し,さらに周辺の諸領主を服属させて,伊達氏領国の拡大に活躍した。天正13(1585)年伊達政宗が佐竹,芦名,岩城などの連合軍と戦った仙道人取橋の戦における奮戦は有名。18年,秀吉の奥州仕置後磐井郡黄海に移され,文禄1(1592)年朝鮮の役に従軍,慶長5(1600)年,上杉氏との戦では政宗の名代として最上に出陣し大勝した。9年,磐井郡一関に移され,ここで死んだ。<参考文献>佐々木慶市「中世の留守氏」(『水沢市史』2巻)

(佐々木慶市)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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