白井保・白井庄(読み)しろいほ・しろいのしよう

日本歴史地名大系 「白井保・白井庄」の解説

白井保・白井庄
しろいほ・しろいのしよう

子持村白井・中郷なかごう・上白井を中心とした地域と考えられる。「吾妻鏡」建久元年(一一九〇)四月一九日条では伊勢内宮役夫工米が一国平均役として賦課され、その未済諸所が問題となっているが、「上野国白井河内分」は前年冬にすでに納めているとある。領家は不明だが、在地領主は地名名字にする白井氏と考えられ、弘安七年(一二八四)一一月二〇日の関東下知状(毛利文書)には「上野国府中勾田村」の知行を争う白井馬二郎兼景法師の名がみえ、白井氏の一族と思われる。一五世紀半ばのものと思われる年未詳六月一九日の岩松持国闕所注文写(正木文書)によると、新田岩松持国が白井保内の闕所地「白井三河入道跡・同庶子等知行分・寺社共」を所望している。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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