日本歴史地名大系 「百田村」の解説 百田村ももたむら 青森県:弘前市百田村[現在地名]弘前市百田弘前城下の北東にあり、同城下から藤崎(ふじさき)村(現南津軽郡藤崎町)へ向かう街道に沿う。北は平(ひら)川を挟んで藤崎村、南は津軽野(つがるの)村に接する。浅瀬石(あせいし)川と平川が村の東で合流する。貞享四年(一六八七)の検地帳によれば、津軽野村の支村とあり、村高二三・二七八石、うち畑方八・二一七石、残り一五・〇六一石は屋敷地。屋敷持は四九名と非常に多く、隣接する本村の津軽野村、平川対岸藤崎村への出作者が多かったと思われ、本百姓の居住村として特殊な形態の村といえよう。 百田村ももだむら 岡山県:邑久郡邑久町百田村[現在地名]邑久町百田千町(せんちよう)平野の中央部西寄りにある。北は福本(ふくもと)村、東は尾張(おわり)村、南は大窪(おおくぼ)村、西は宗三(そうさん)村。寛永備前国絵図・正保郷帳に村名がみえ、高五四九石余。元和―寛永期(一六一五―四四)の邑久郡物成秤帳によれば、元和七年の物成二六〇石余。 出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報 Sponserd by