日本歴史地名大系 「皆月村」の解説
皆月村
みなづきむら
[現在地名]門前町皆月
渓和尚志津良庄年貢帳(棘林志)に「皆月分」とみえ、一千四一九束二把刈・年貢銭一七貫七〇〇文の田地があった。天正一五年(一五八七)七月四日の年貢算用状案(刀禰文書)によれば、志津良庄の前年分の高一千五五二俵余のうち一〇俵が「皆月」の彦に与えられていた。
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
渓和尚志津良庄年貢帳(棘林志)に「皆月分」とみえ、一千四一九束二把刈・年貢銭一七貫七〇〇文の田地があった。天正一五年(一五八七)七月四日の年貢算用状案(刀禰文書)によれば、志津良庄の前年分の高一千五五二俵余のうち一〇俵が「皆月」の彦に与えられていた。
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