目代村(読み)めしろむら

日本歴史地名大系 「目代村」の解説

目代村
めしろむら

[現在地名]諫早市目代町・出町でちよう

下本明しもほんみよう村の東に位置し、本明川支流の目代川が流れる。垣内かきうち川の流域垣内谷尻・上垣内などとよばれる田地があり、また中世の成立を想定しうる仏供田ぶつくで乙法師おとぼし宮前みやのまえなどの地名がある。塔の山とうのやまには室町期の宝篋印塔が残る。近世は諫早郷に属し、肥前佐賀藩親類同格の諫早家領。正保国絵図に目代村とあり、高一四〇石余。元禄国絵図でも高一四〇石余。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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