日本歴史地名大系 「相木村」の解説 相木村あいのきむら 石川県:松任市相木村[現在地名]松任市相木町・旭町(あさひまち)松任町の北、手取川七ヶ用水の一つ中村(なかむら)用水の末流倉部(くらべ)川とその支流西(にし)川が流れる。正保郷帳によると高一千一二六石余、田方七四町七反余・畑方四反余。寛文一〇年(一六七〇)の村御印(相木区有文書)では高一千一五二石、免五ツ九歩、小物成はなし。寛文年間の家高数一一・百姓数二六(高免付給人帳)。天保四年(一八三三)の石川郡惣村数書上(大鋸文書)でも高・免は同じ。 相木村あいのきむら 福井県:今立郡今立町相木村[現在地名]今立町相木服部(はつとり)谷の谷奥に位置し、相木・上相木の二地区に分れる。西は横住(よこずみ)村。横住村の枝村であったが、元禄郷帳で分村し、村高一一四・一二石。耕地が少なく反別は一一町三反余で、畠が九町余を占めた。享保六年(一七二一)の庄境組三三ケ村明細帳(市橋家文書)によると戸数は一九戸、人数は七二人(男三九・女三三)。服部谷の谷奥の村々では副業として楮を産したが、当村はその中心であった。 相木村あいのきむら 富山県:魚津市相木村[現在地名]魚津市相木片貝(かたかい)川扇状地の扇央部にあり、南東は三田(さんだ)村、西は上村木(かみむらき)村、南は本江(ほんごう)村。正保郷帳には相ノ木村とみえ、高八六石余、田方五町六反余・畑方一反余。寛文一〇年(一六七〇)の村御印(葛家文書)によると草高一二五石・免四ツ九歩、小物成は山役九匁。 出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報 Sponserd by