相良頼親(読み)さがら よりちか

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「相良頼親」の解説

相良頼親 さがら-よりちか

1197-1264 鎌倉時代武将
建久8年生まれ。肥後(熊本県)人吉荘の地頭相良長頼(ながより)の子。源実朝(さねとも)につかえたという。建保(けんぽ)7年鎌倉から人吉荘にかえる途中,実朝が暗殺されたことを知り,出家して観仙と号した。文永元年5月22日死去。68歳。初名は頼宗。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

新暦の 4月後半から 5月の,梅雨前に日本列島が大きな移動性高気圧に覆われたときの晴天。発現期間は短い。もともとは旧暦 5月が梅雨にあたることから,梅雨の晴れ間の意味で,梅雨晴れ(つゆばれ)とも呼ばれ...

五月晴れの用語解説を読む