相良頼親(読み)さがら よりちか

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「相良頼親」の解説

相良頼親 さがら-よりちか

1197-1264 鎌倉時代の武将。
建久8年生まれ。肥後(熊本県)人吉荘の地頭相良長頼(ながより)の子。源実朝(さねとも)につかえたという。建保(けんぽ)7年鎌倉から人吉荘にかえる途中,実朝が暗殺されたことを知り,出家して観仙と号した。文永元年5月22日死去。68歳。初名は頼宗。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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