真弓山城跡(読み)まゆみやまじようあと

日本歴史地名大系 「真弓山城跡」の解説

真弓山城跡
まゆみやまじようあと

[現在地名]足助町足助 真弓

足助の東端、足助川の左岸にそびえる標高三〇九メートルの真弓山頂にあり、足助川を挟んで前面の岩崎の大観音いわさきのだいかんのん城とともに信州路を扼する位置にある。山頂付近を三段に分け、本丸は約四アールある。北側は自然の要害、東南・西南側に大小の曲輪・出丸を設ける大規模な山城で、足助城ともいわれる。

鎌倉時代、高橋新たかはししん庄の荘官足助氏が、足助七屋敷の一つとして設けるが、現在の遺構は戦国時代に足助地方を領有した足助鈴木氏の拠ったものである。鈴木氏入城の時期は判然としないが、初代小次郎忠親以下、重政・重直・信重・康重と五代まで続く。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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