真木山村(読み)まぎやまむら

日本歴史地名大系 「真木山村」の解説

真木山村
まぎやまむら

[現在地名]分水町真木山

円上寺えんじようじ(現三島郡寺泊町)の北にあり、南東蛇塚へびづか新田(現同上)。大正一一年(一九二二)完成の大河津おおこうづ分水(新信濃川)北東を流れる。正保国絵図に「牧木山村」とみえ高八九石余、幕府領に属する。のち村上藩領となり、貞享元年(一六八四)の同藩領分郷村高辻帳には村名がみえ、高八二石三斗余。


真木山村
まきさんむら

[現在地名]英田町真神まがみ

神田こうだ村の東に位置する。真言宗の古刹真木山長福ちようふく寺があり、村名はこの山号によるが、地元では「まきやま」ともよぶ。正保郷帳に村名がみえ、田四石余、畑九一石余。元禄一〇年(一六九七)美作国郡村高辻帳では改出高三一石余・開高一石余、村位は下。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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