日本歴史地名大系 「矢口浦」の解説 矢口浦やぐちうら 三重県:北牟婁郡海山町矢口浦[現在地名]海山町矢口浦引本(ひきもと)湾の最奥にある。西南の生熊(いぐま)は引本湾に面し、当浦の元村と伝えられる。安貞三年(一二二九)二月一九日息長宗貞の田畠譲状(「紀北の歴史」所収)に「いくま」の地名がみえ、貞和二年(一三四六)四月二〇日の荘司文書(荘司都盛氏旧蔵)に「いくまの左衛門との」とあって、早くから伊熊(生熊)の地名が知られる。「神鳳鈔」にも伊熊御厨が記される。建武四年(一三三七)九月二六日志摩の軍勢へ出兵催促をした荘司文書に「御使矢具島上総介忠連、古和法眼寂円下向之時」とあり、南朝方の上総介忠連のいたことがわかる。 出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報