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矢野勘三郎 やの かんざぶろう

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

矢野勘三郎 やの-かんざぶろう

1821-1894 幕末-明治時代の商人。
文政4年12月生まれ。豊後(ぶんご)(大分県)岡藩の豪商。尊攘(そんじょう)運動にはいり,寺田屋事件後幽閉され,明治元年ゆるされた。3年山口藩を脱藩した大楽(だいらく)源太郎をかくまい罰せられた。明治27年6月4日死去。74歳。名は義和。字(あざな)は子節。号は豹隠。

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書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

朝日日本歴史人物事典の解説

矢野勘三郎

没年:明治27.6.4(1894)
生年:文政4.12(1821)
幕末維新期,豊後岡藩(大分県竹田市)における勤王の志士への経済的支援家。豊後日出藩士の子として生まれ,直入郡玉来町(竹田市)の郷士矢野家(松屋)の養子となる。通名勘三郎,名は義和,号は豹隠。生来の義侠心により,玉来町の過半の家屋を有する豪家松屋の資産を用い藩内外の勤王の志士を援助し,松屋は「天下の浪人問屋」として知られた。文久2(1862)年の寺田屋事件後,幽閉処分。明治1(1868)年,士族に列せられ長崎で貿易関係の仕事に従事。帰藩後の明治3(1870)年,長州藩大楽源太郎脱藩事件に連座し禁固刑を受け,除族。明治22(1889)年大赦令により復権,復族した。<参考文献>『直入郡志』

(安藤保)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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