知足院跡(読み)ちそくいんあと

日本歴史地名大系 「知足院跡」の解説

知足院跡
ちそくいんあと

船岡(ふなおか)山の南西、京都市北区紫野(むらさきの)にあったと推定される天台宗寺院。延喜一八年(九一八)一〇月一九日の北野行幸を記した「西宮記」に、「幸北野、乗輿到知足院南、隼人左右衛門等陣及侍従等以次倚留云云、到船岡下就経幄座」とみえるので、延喜以前の開創と思われる。「兵範記」久寿二年(一一五五)八月二日条裏書に、

<資料は省略されています>

とあり、建立時期は不詳であるが、自然に踊出た不動明王像・如意輪像と造立の釈迦像の三尊を本尊としたとの伝承を記す。所在地は「枕草子」に「雲林院、知足院などの門」、「今鏡」に「都の北に雲林院か知足院か侍る」、また「洞院家記」にも「紫野辺知足院」とみえるので、紫野雲林(うりん)院の付近にあったといえる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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