石川信吾(読み)イシカワ シンゴ

20世紀日本人名事典 「石川信吾」の解説

石川 信吾
イシカワ シンゴ

大正・昭和期の海軍少将



生年
明治27(1894)年1月1日

没年
昭和39(1964)年12月17日

出生地
山口県

学歴〔年〕
海兵(第42期)〔大正3年〕卒,海大〔大正14年〕卒

経歴
昭和3年第3戦隊参謀、その後艦政本部員、軍令部員、第6戦隊、第2艦隊各参謀。この間、海軍軍縮条約打破の「艦隊派」末次信正らの直系となり、対英米強硬論を唱えた。10年欧州出張。帰国後、11年「知床」「厳島」各艦長、北支特務部、横須賀軍需部総務課長、興亜院を経て15年新設の海軍省軍務局第2課初代課長となり、対英米主戦論者として開戦路線を推進。開戦後、南西方面艦隊参謀副長、第23航空戦隊司令官、17年少将、18年軍需者総動員局総務部長、19年運輸本部長となった。著書に「真珠湾までの経緯」がある。

出典 日外アソシエーツ「20世紀日本人名事典」(2004年刊)20世紀日本人名事典について 情報

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「石川信吾」の解説

石川信吾 いしかわ-しんご

1894-1964 大正-昭和時代前期の軍人
明治27年1月1日生まれ。海軍の参謀畑をあゆみ,ナチスドイツなどを視察日独伊三国同盟成立に活躍する。昭和15年軍務局第二課長となり,対米開戦を主張。17年少将。昭和39年12月17日死去。70歳。山口県出身。海軍大学校卒。著作に「真珠湾までの経緯」。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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