石才村(読み)いしざいむら

日本歴史地名大系 「石才村」の解説

石才村
いしざいむら

[現在地名]貝塚市石才・畠中(はたけなか)一―二丁目など

近木(こぎ)川右岸、畠中村の東にある日根郡の村。村東部を通る熊野街道沿いに集落を形成。中世近木庄に属し、天正一一年(一五八三)一一月一二日付の近木庄石才名主則松の土地売券(要家文書)が残る。この則松は享禄四年(一五三一)二月一九日付近木庄名主三五名の起請文(丹生家文書)に連署している。慶長九年(一六〇四)の検地による村高三〇六石余(「万事入用留」要家文書)。


石才村
いしざいむら

[現在地名]春日町石才

南は向(むかい)山、北は黒井(くろい)川を限り、東は朝日(あさひ)村。丹後への道が通る。慶長三年(一五九八)より織田信包(柏原藩)領。寛永一一年(一六三四)柏原藩と亀山藩との相給となり(柏原藩領知目録など)、以後幕末まで同二給。正保郷帳に村名がみえ田高七〇石余・畠高一五石余、芝山あり、日損・水損少し。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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