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石本新兵衛 いしもと しんべえ

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

石本新兵衛 いしもと-しんべえ

?-1645 江戸時代前期の貿易商。
天正(てんしょう)4年(1576)ごろ一家で肥前平戸より大村にうつりすみ,浄土宗信者からキリシタンになる。朱印船の客商であったといわれる。寛永2年平戸町の町政をになう乙名(おとな)につくと,翌年仏教に改宗し町民の改宗をすすめた。正保(しょうほ)2年10月22日死去。壱岐(いき)(長崎県)出身。法名は了円。

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書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

朝日日本歴史人物事典の解説

石本新兵衛

没年:正保2.10.22(1645.12.10)
生年:生年不詳
江戸前期の貿易商人,長崎平戸町乙名(町の代表者)。壱岐国(長崎県)生まれ。父了雲,母と共に肥前国平戸(長崎県)へ移り,天正4(1576)年ごろ,長崎大村町へ移住した。寛永2(1625)年,平戸町乙名を拝命。その後,石本家は代々平戸町乙名を務めた。由緒書によれば,文禄1(1592)年より寛永10(1633)年まで,了雲と共に外国へ渡航。長崎代官末次平蔵船の客商であったといわれる。町乙名拝命以後は,キリシタンの改宗など鎖国形成期の町政を担った。同15年,乙名役を長男に譲渡。法名了円。長崎本蓮寺に葬る。<参考文献>中村質「人別帳よりみた近世初期の長崎平戸町」(『九州史学』26号)

(岩崎義則)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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