石田博英(読み)イシダ ヒロヒデ

新訂 政治家人名事典 明治~昭和 「石田博英」の解説

石田 博英
イシダ ヒロヒデ


肩書
元・衆院議員(自民党),元・労相

生年月日
大正3年12月12日

出生地
秋田県山本郡二ツ井町

学歴
早稲田大学政経学部経済学科〔昭和14年〕卒

経歴
中外商業新報(日本経済新聞前身)上海支局長、政治部次長を経て、昭和22年秋田1区から衆院議員に当選。自由党反主流派として“吉田政治”に歯向かい、31年の自由党総裁選では岸信介に対抗する石橋湛山擁立の参謀として名をはせた。岸、池田、佐藤内閣で労相に就任、仲裁裁定完全実施の慣行をつくるなど、“ニューライト”的な「石田労政」を確立した。三木武夫盟友福田内閣でも労相をつとめ、58年12月引退。著書に「忘れられた子供たち」「勝負の孤独」「石田労政」など多数。

受賞
勲一等旭日大綬章〔昭和62年〕 大館市名誉市民〔平成5年〕

趣味
バラ栽培

没年月日
平成5年10月14日

出典 日外アソシエーツ「新訂 政治家人名事典 明治~昭和」(2003年刊)新訂 政治家人名事典 明治~昭和について 情報

20世紀日本人名事典 「石田博英」の解説

石田 博英
イシダ ヒロヒデ

昭和期の政治家 元・衆院議員(自民党);元・労相。



生年
大正3(1914)年12月12日

没年
平成5(1993)年10月14日

出生地
秋田県山本郡二ツ井町

学歴〔年〕
早稲田大学政経学部経済学科〔昭和14年〕卒

主な受賞名〔年〕
勲一等旭日大綬章〔昭和62年〕,大館市名誉市民〔平成5年〕

経歴
中外商業新報(日本経済新聞の前身)上海支局長、政治部次長を経て、昭和22年秋田1区から衆院議員に当選。自由党反主流派として“吉田政治”に歯向かい、31年の自由党総裁選では岸信介に対抗する石橋湛山擁立の参謀として名をはせた。岸、池田、佐藤内閣で労相に就任、仲裁裁定完全実施の慣行をつくるなど、“ニューライト”的な「石田労政」を確立した。三木武夫の盟友。福田内閣でも労相をつとめ、58年12月引退。著書に「忘れられた子供たち」「勝負の孤独」「石田労政」など多数。

出典 日外アソシエーツ「20世紀日本人名事典」(2004年刊)20世紀日本人名事典について 情報

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「石田博英」の解説

石田博英 いしだ-ひろひで

1914-1993 昭和時代後期の政治家。
大正3年12月12日生まれ。「中外商業新報」(現「日本経済新聞」)の政治記者をへて,昭和22年衆議院議員(当選14回,自民党)。吉田茂側近政治批判。31年石橋内閣実現のために活躍し,内閣官房長官。労相を6回つとめ,35年三井三池争議を収拾した。51年運輸相。平成5年10月14日死去。78歳。秋田県出身。早大卒。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

367日誕生日大事典 「石田博英」の解説

石田 博英 (いしだ ひろひで)

生年月日:1914年12月12日
昭和時代の政治家。衆議院議員;労働大臣
1993年没

出典 日外アソシエーツ「367日誕生日大事典」367日誕生日大事典について 情報

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