石田女王(読み)いわたのじょおう

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「石田女王」の解説

石田女王 いわたのじょおう

?-? 奈良時代の女王
神護景雲(じんごけいうん)3年(769)塩焼王不破内親王の子である氷上志計志麻呂(ひかみの-しけしまろ)を即位させるため,県犬養姉女(あがたのいぬかいの-あねめ)らとともに称徳天皇呪詛(じゅそ)し流罪(るざい)となったが,天応元年ゆるされた。越中(富山県)礪波(となみ)郡に治田(ちでん)をもっていた。延暦(えんりゃく)17年以前に死去。磐田女王ともかく。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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