石畳村(読み)いしだたみむら

日本歴史地名大系 「石畳村」の解説

石畳村
いしだたみむら

[現在地名]藤岡町石畳

飯野(いいの)川と木瀬(きせ)川が上流域で接近する地点に位置する。村域には黒すぐもとよばれる黒い亜炭を含む粘土層が堆積している。縄文時代の洞平(ほらたいら)遺跡・赤見夫(あかみぞれ)遺跡・池(いけ)ヶ平(たいら)遺跡がある。キビヶ夫(ぞれ)とよばれる折平(おりだいら)山塊の高根山から東に延びる山稜に石畳砦があり、南北二〇メートルの削平地が残る。老松が一本あり、「秋葉さん」を祀る。石畳梅(うめ)ヶ夫(ぞれ)砦跡は高根山から東に延びる丘陵上にあり、二筋の空堀状の遺溝がある。


石畳村
いしだたみむら

[現在地名]内子町石畳

小田(おだ)川支流麓(ふもと)川の上流を占める、現伊予郡境の山村。藤堂高虎が関ヶ原役の功によって家臣梅原勝右衛門に与えた慶長六年(一六〇一)一一月三日付の知行目録(宗国史)に「一、三百四十九石五斗五合 浮穴郡内石たゝみ村」とみえる。慶安元年伊予国知行高郷村数帳(一六四八)の浮穴(うけな)郡の項に「石畳村 柴山有、茅山有」とある。大洲藩領。元文五年(一七四〇)の「大洲秘録」によれば「米上・大豆中・山桝・煙草」の土産があった。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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