石神城跡(読み)いしがみじようあと

日本歴史地名大系 「石神城跡」の解説

石神城跡
いしがみじようあと

[現在地名]東海村石神内宿

久慈川を望む台地上にあり、北は急崖となり、東西二方に空濠・土塁を配した平山城。南側は比較的平坦。広さ約二五万平方メートル、高さ約四〇メートル。藤原秀郷を遠祖とする小野崎通老が、父通綱の軍忠によって佐竹氏から石神に三五〇貫、川合かわい(現常陸太田市)に三五〇貫の地を加増され、延徳二年(一四九〇)頃石神の地に居城を構築、石神氏とも称したという。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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