石蔵跡・薪張場跡(読み)いしくらあと・まきはりばあと

日本歴史地名大系 「石蔵跡・薪張場跡」の解説

石蔵跡・薪張場跡
いしくらあと・まきはりばあと

石蔵は本渡(もとわたり)町の西で毘沙門(びしやもん)町裏との間に位置。現在、旭(あさひ)川沿いに石倉向(いしくらむかい)の地名がある。「梅津政景日記」寛永八年(一六三一)八月二一日条に「川口御蔵ニ御座候もミ、ねつミ喰そこね(損ね)候由」とあり、川口御蔵が石蔵にあたるものと思われる。川口舟場に近いための呼称。

「秋田沿革史大成」に、「石庫(川尻村内川口ニ建造、敷地凡ソ五十間四方)、是ハ雄・仙・平三郡ヨリ収納米ヲ積下ゲ貯蔵、米・豆ヲシテ藩士扶持方一般、又ハ士卒以下給禄ニ下ゲ渡サル、又此倉庫ノ内籾備等モ多分貯蔵セリ、又蔵守リヲ置ク」とある。扶持米の支給は石蔵とともに五丁目蔵から支給された。文化一〇年(一八一三)三月一六日の「町触」(秋田藩町触集)に「久保田諸士并軽き御奉公之者迄、為御米繰今年左之通被相渡候事」として、「一、当五月・六月分 三月中石倉渡。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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