磯崎御倉跡(読み)いそざきおくらあと

日本歴史地名大系 「磯崎御倉跡」の解説

磯崎御倉跡
いそざきおくらあと

[現在地名]松島町磯崎

高城(たかぎ)塩田の収蔵監督の機関として設けられた官倉。買米御倉も兼ねていたが、これは磯崎湊が廻米廻船の湊に指定されていたためである。「封内風土記」に「倉廩 租米及糴穀・塩」とある。跡地は磯崎地区の南東端、高城塩田に沿う道路の北側の一角にある。面積五反六畝。ここに穀倉・塩倉各三棟、役所一棟と、大河岸(米穀積出し)・筒場(どば)(漁船などの荷揚げ)の港湾施設、そのほかの諸施設(御年貢宿・舟宿・御手代小屋・水主衆寄合所など)が置かれていた。そこに御塩方(士分)一名、御手代・御倉守各一名(地方人)がおり、人足を監督してその運営に当たっていた。「仙台領遠見記」には「磯崎村御穀改御番所御塩釜横目兼役也」とある。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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