日本歴史地名大系 「宮城郡」の解説
宮城郡
みやぎぐん
県のほぼ中央に位置、東の太平洋岸から西方山形県境に至り東西に長い。郡の西部はほぼ山地、東部は丘陵地から緩傾斜して仙台平野へと移行している。かつての郡は、北は東から
郡名は「続日本紀」天平神護二年(七六六)一一月七日条に初見。訓は「和名抄」東急本郡部に「美也木」、「拾芥抄」に「ミヤキ」とあり、異訓はない。当郡は多賀城が置かれて、大和政権の東国経営の拠点であった。
〔原始〕
郡内の遺跡の多くは、松島丘陵上、松島湾岸諸島、
縄文時代の遺跡は西部丘陵に多く、宮城町広瀬川流域に過半数以上が集中。また松島湾沿岸の松島町・七ヶ浜町には貝塚遺跡が集中し、それぞれ遺跡立地の特徴を示す。松島湾三大貝塚(大木囲貝塚・西の浜貝塚・鳴瀬町宮戸島貝塚)の一つ七ヶ浜町
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報