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磯部村清太夫 いそべむら せいだゆう

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

磯部村清太夫 いそべむら-せいだゆう

?-1750 江戸時代中期の一揆(いっき)指導者。
常陸(ひたち)(茨城県)磯部村の名主,神主。寛延2年30ヵ村の農民約1000人が年貢減免をもとめておこした笠間(かさま)藩領山外郷(やまそとごう)一揆の首謀者として,亀岡村太郎左衛門とともに,3年2月2日獄門に処された。のち他の犠牲者と一緒に義民地蔵としてまつられる。

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書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

朝日日本歴史人物事典の解説

磯部村清太夫

没年:寛延3.2.2(1750.3.9)
生年:生年不詳
江戸中期の百姓一揆の指導者,義民。常陸国(茨城県)茨木郡笠間藩領磯部村(岩瀬町)庄屋で神主でもあったが,凶作に対する年貢減免や領主の定免制採用に反対し,亀岡村太郎左衛門と共に山外郷(磯部村など)村々百姓に呼びかけ,寛延2(1749)年11月13日に大岡原で集会を持ち,翌日約1000人で笠間城下へ押しかけた。藩はいったん要求をのみ,百姓らを帰村させたが,のちにこれを破棄して指導者らを逮捕し,清太夫と太郎左衛門を獄門,富谷村佐太郎を死罪としたほか多数を処罰した。これを山外郷一揆という。のち清太夫は義民として祭られ,小塩集落に墓碑,義民地蔵,義民碑がある。<参考文献>小室昭「笠間藩領寛延二年山外郷一揆」(『茨木百姓一揆』)

(斎藤善之)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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