神代鶴洞(読み)かみしろ かくどう

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「神代鶴洞」の解説

神代鶴洞 かみしろ-かくどう

1664-1728 江戸時代前期-中期儒者
寛文4年10月19日生まれ。天和(てんな)3年常陸(ひたち)水戸藩主徳川光圀(みつくに)につかえ,彰考館員となる。鵜飼錬斎,大串平五郎らとともに光圀,次代藩主徳川綱条(つなえだ)を補佐して「大日本史」の編修校訂につくす。正徳(しょうとく)4年彰考館総裁。享保(きょうほう)13年2月24日死去。65歳。通称は杢太夫。別号に求心斎。著作に「鶴洞集」。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

367日誕生日大事典 「神代鶴洞」の解説

神代鶴洞 (かみしろかくどう)

生年月日:1664年10月19日
江戸時代中期の水戸藩士;儒学者
1728年没

出典 日外アソシエーツ「367日誕生日大事典」367日誕生日大事典について 情報

半夏ともいう。七十二候の一つで,本来は夏至後 10日目から小暑の前日までをいったが,現行暦では太陽の黄経が 100°に達する日 (7月1日か2日) を半夏生とし,雑節の一つとして記載している。この頃半...

半夏生の用語解説を読む