神出東村(読み)かんでひがしむら

日本歴史地名大系 「神出東村」の解説

神出東村
かんでひがしむら

[現在地名]西区神出町東

印南野いなみの台地の北東部、細田さいた村の北から西に位置する。地内の東部に雄岡おつこ(二四一・三メートル)西部雌岡めつこ(二四九・五メートル)という秀麗な山容を誇る二山があり、雌岡山は古代から信仰の対象であった。正保郷帳に神出ノ東村とみえ、田方一五九石余・畑方五五石余、松山あり。元禄郷帳には東村と記される。西に位置したもり村と一村になり、天保郷帳に「古は東村神出森村弐ケ村」と注記して神出東村とみえる。明石藩領押部組に所属。「明石記」によると池一三・土橋一三・北山(北村など五ヵ村立会)。雄岡山(草山、三〇〇間四方)、大歳社・山神・薬師・大将軍社(現大年神社)、観音堂・地蔵堂・山王社・弁才天がある。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

新暦の 4月後半から 5月の,梅雨前に日本列島が大きな移動性高気圧に覆われたときの晴天。発現期間は短い。もともとは旧暦 5月が梅雨にあたることから,梅雨の晴れ間の意味で,梅雨晴れ(つゆばれ)とも呼ばれ...

五月晴れの用語解説を読む