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神戸長吉 かんべの ながきち

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

神戸長吉 かんべの-ながきち

1814-1880 幕末-明治時代の侠客(きょうかく)。
文化11年生まれ。伊勢(いせ)(三重県)に流れてきて,鈴鹿の神戸に一家をかまえる。神戸屋祐蔵の子分となり,おなじ子分の穴太徳(あのう-とく)を相手に慶応2年荒神山の賭場の縄張り争いから大喧嘩をした。明治13年3月20日死去。67歳。下総(しもうさ)浜野(千葉県)出身。本名は初芝才次郎。

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朝日日本歴史人物事典の解説

神戸長吉

没年:明治13.3.20(1880)
生年:文化11(1814)
幕末維新期の侠客。本名初芝才次郎。下総国浜野村(千葉県)の出身で,中年になって伊勢国(三重県)に流れつき,鈴鹿の神戸に一家を構え,長身長顔であったことから神戸長吉と称された。慶応2(1866)年の荒神山の喧嘩当事者のひとりで,相手は同じ伊勢国の員弁郡神田村の穴太徳。ふたりは荒神山を縄張りとする神戸屋祐蔵の子分で,喧嘩当時,長吉53歳,徳44歳。きっかけは長吉の養子久居才次郎が,徳の縄張りの桑名で博奕の上の喧嘩をし,仕返しに家を壊されたことから,伊勢街道追分の一本松で長吉らが桑名方を斬ったいわゆる追分の「ござれ参ろう」の喧嘩である。この喧嘩で長吉が旅に出た間に桑名方が勢力をのばしたことから,2年後の荒神山の喧嘩になる。長吉が臆病な男というのは講談の話。明治9(1876)年の伊勢一揆の際には,暴徒が神戸に入るのを防ぐため村人を指揮したさっそうたる姿が『荒神山喧嘩考』(長谷川伸著)に伝えられる。<参考文献>堀文次『郷土史談 荒神山物語』

(平岡正明)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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