日本大百科全書(ニッポニカ) 「科学と仮説」の意味・わかりやすい解説
科学と仮説
かがくとかせつ
La Science et l'Hypothèse
フランスの科学者ポアンカレの科学思想書。1902年刊。数学・天文学・物理学の分野で第一級の業績を残したポアンカレは、『科学と仮説』、『科学の価値』(1905)、『科学と方法』(1908)、『晩年の思想』と、幅広い読者をもった一連の科学思想書を著した。
彼がこの本で主張している一つは、幾何学や力学やエネルギー則の理論体系は、経験的基礎をもちながらもそこから独立した性格をもち、もはや個々の実験によっては左右されない「規約」にほかならない、という点である。当時すでにいくつかの非ユークリッド幾何学が提唱されており、幾何学の「規約」性は現れていたが、相対論登場以前に力学の「規約」性に触れていた点は意味深い。もう一つの大きな主張は、20世紀初頭という現代物理学への転換前夜の当時の状況のなかで、数学的理論、自然観、実験と仮説とのかかわりを軸に科学のあるべき考え方を提出している点である。さまざまな考え方があったなかで、彼の示した指針は現代物理学登場後もなお新鮮である。
[高山 進]
『河野伊三郎訳『科学と仮説』(岩波文庫)』