科沢村(読み)しなざわむら

日本歴史地名大系 「科沢村」の解説

科沢村
しなざわむら

[現在地名]立川町科沢

立谷沢たちやざわ川中流右岸に位置し、北はさわ村、南は立谷沢川を隔て工藤沢くどうざわ村、東は黒森くろもり山麓添川そえがわ(現藤島町)の枝郷で、上下二集落よりなる。寛永八年(一六三一)清川きよかわ組大肝煎斎藤隼人の支配下にあったが(「村々肝煎定」清川斎藤文書)、寛文四年(一六六四)狩川かりかわ通添川組に組替えとなった。正保郷帳に村名がみえ、田一六一石余・畑一四石余、正保庄内絵図(本間美術館蔵)にも同高を記し、立谷沢川対岸に科沢ノ内として中台ちゆうだい村とある。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

立春から数えて 88日目で,現行暦では5月2日頃にあたる。八十八夜を過ぎればもはや晩霜も終りになるので,農家ではこれを種まきや茶摘み,その他の農作業開始の基準としている。日本では明暦3 (1657) ...

八十八夜の用語解説を読む